自身の身の回り,同級生の中には独身が多くいる。同様に各種メディアが結婚していない多くの男女が挙げる結婚しない理由には「責任を負いたくないから」というのもあったと記憶している。結婚をして責任を負いたくないが為にノビノビと独身を謳歌している事や,気楽さや自身の得た収入を自由に使える事は,たとえ“幸せの価値観が多様化したと”一般的に言われるようになったとしても,果たして幸せなのだろうか。
自身が独身時代,仕事を終えてへとへとに疲れて家に帰ったとき,日々の仕事を終えた達成感はあったが“何のために仕事をしているのだろうか”と何か物足りなさを感じていた。頑張って働いた結果は給料として自分の身に返ってくる事は解っているが,その為だけに仕事を頑張るのはあまりにも虚しさを感じていた。また,得られた収入を自由に使えたとしても,何かを手に入れたときの満足感はあったとしても何か虚しさを常に感じていた。
一般的に仕事の年数を重ねることに任される仕事は増えていく。それに伴い問われる責任も増えていくだろう。そこには当然ながら忙しさも伴うが,今までよりも大きな仕事をこなしていく充実感もあるはずだ。自身がした結婚にしても「これからは独り身ではない。結婚した相手の事も考え,相手の人生を背負って生きていくことになる」と考えている。つまりは新たな“責任”を負うようなった。どちらも責任を負うことであるが,共に言えることは「充実感が伴う」事だ。
仕事にしても,結婚にしても充実感の伴う “責任を負う”ということは,「幸せ」を感じられる事の一つではなかろうか。仕事に関しては相手が自分を認め“あなたにこの仕事は任せられる”と信頼して仕事を頼んでいるのだ。結婚に至っては己の今後の人生を相手に任せている。責任を負うことは自身の存在意義を強く感じる事が出来ている裏返しのことではなかろうか。そう考えると“結婚をして自由を失って責任を負うこと”は決して不幸ではなく,むしろ自身を他人から認めてもらう仕事上で得られる充実感よりも,一層大きな充実感を得られる大変幸せなことであると思う。
文責 瀬畑陽介
[参考文献] 三谷 隆正著 『幸福論』岩波書店,1992年