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幸せを感じる次の形

 これまで一般企業で働いたり,独りでブラブラと旅行をしたり,青年海外協力隊に参加して海外へ行ったりして楽しい思いや,辛い思い等をしてきた。俗に“独身貴族”と言われるものも経験して楽しかったし,満喫出来たと思う。しかし「幸せですか」と聞かれれば即答は出来ない状態が長く続いていた。

 私事になってしまうが来月結婚を予定している。結婚することを友人に公表すると決まって聞かれるのが「どうして結婚しようと思ったか」だ。もちろん結婚する相手に好意を抱いていることは当然きっかけの一つではあるが,それ以外にも大きな理由は色々とある。
 結婚を決意する大きなきっかけとなったのは「一人の幸せよりも二人の幸せを求める様になった」からだ。ここまで一人で手に入れることが出来るであろう幸せは,手に入れたり経験してきたと思う。これからは二人で,そして家族で作る幸せを求めたいと思うようになった。その“幸せ”とは何だろうか。

 ブータン,ウガンダと二つの国で合計三年間弱の生活を通して“精神的な充足の方が経済的に豊かになるよりも,幸せを感じるのではないか”と思うようになった。そこで出会った人々は決して経済的には恵まれていないが,内面である“心”では私よりも豊かで恵まれていた。私にはそんな彼らの方が幸せに見えたりしたからだ。一方,途上国にて過ごす私自身も決して経済的には恵まれた環境ではなかったが,そこで接する人達に頼られて,自身の存在意義を強く感じる。この時『頼られている』という満足感を感じていた。

 結婚後の生活を想像すると楽しみでもあり,恥ずかしながら笑みがこぼれてしまったりする。想像している中での私自身は,新生活の中で自身の立場がはっきりしている。これからの新生活では自分を頼る相手がいて,自分が支えるべき人がいる。私自身も頼る相手がいて,支えてくれる人がいる。お互いに自身の存在意義を感じ,満足感や,充実感に満ちた幸せな日々となることを予想している。

 結婚前とは全く違った立場になろうとしているのを徐々に感じている。妻となる者の人生も背負うわけだが,同時に“夫”という立場になる。お互いに支え合っての生活を営んでいくことになる。責任を感じるが「相手があっての自分自身」いう自身の存在意義も明確に感じることとなる。たとえ一人の相手からであっても頼られて“自身が生まれてきて良かった”と思えるのは“幸せ”につながる一つの形では無かろうか。そう思うと,これまでの独身時代よりも大きな幸せを手に入れようとしているのを感じる。

 

文責 瀬畑陽介

[参考文献]  三谷 隆正著 『幸福論』岩波書店,1992年

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